2013年04月12日

東方義勇メダル

初回は東方義勇メダルの紹介。

正式名は“ Tapferkeits- und Verdienstauszeichnung für Angehörige der Ostvölker “(東方民族の勇気を讃えるための功労章?)。
東方義勇メダル
東方民族の対独協力者の主に戦闘員向けに1942年7月14日に制定された勲章で、鉤十字や鷲等のナチス成分のないロシアチックなデザインです。
何で制定したかというと、ナチ人種論的に劣等民族の方々に鉄十字等の勲章授与を総統が許さなかったためだそうです。
しかし、あとあとになると何だかんだで鉄十字をはじめドイツ軍の各種勲章類も東方民族に授与しちゃってますが…

東方義勇メダル
東方義勇メダル
東方義勇メダル
金・銀・銅(メダルの色)の3ランク、さらにそれぞれ1級と2級(銅章は2級のみ)、さらにさらに1・2級とも剣付と剣無とがあります。つまりは全10等級(!)
(金章の授与対象は士官以上)

東方義勇メダル
剣の有無の差。3つとも2級で左が剣付金章(色褪せで銀ぽくなってます)、真ん中が剣無銀章、右が剣付銅章。
パッと見じゃわかりませんw
剣の有無の授与基準は直接戦功か間接戦功かの違いによるようですが、実際はどうだったのかは不明。
まぁ戦闘兵科なら剣付です。


東方義勇メダル
1・2級があってそれぞれ剣付と剣無しがあるところはドイツ軍の戦功十字章っぽいですかね。


1級と2級の違いは鉄十字章や戦功十字章と同じように、1級は裏面のピンで胸ポケットに佩用するタイプ、2級はリボンから下げて佩用するタイプです。
もちろん鉄十字等と同じで、2級を飛ばしていきなり1級授与されることはありません。
ただし、2級の場合での金・銀・銅章の色に関してのみ、上級色のものがいきなり授与されることはあります(例:2級銅章を飛ばして2級銀章を受章)。

1級の佩用例。
東方義勇メダル
44年のベラルーシでの通称カミンスキー旅団の指揮官カミンスキー。
1級の鉄十字と東方メダル銀(それぞれの2級は省略)、および戦傷章黒。

東方義勇メダル
詳細不明の白夏服を着たPOA(ロシア解放軍)の将校。
1級の鉄十字と東方メダル(多分銀)、および一般突撃章。略綬はおそらく2級メダル銀章と東部戦線従軍章。
(民族ドイツ人かも)

2級におけるリボン配色は
東方義勇メダル
銅章が緑一色。

東方義勇メダル
銀章はそれの両縁に白線。

東方義勇メダル
金章は赤線。

なんか色違いの例外パターンも少数例あるようですが、ややこしいので割愛。

佩用方式は以下のような感じ。

鉄十字リボン等のようにリボンのみ第2ボタンホールから出して縫い付けるか、略授として胸に佩用。
東方義勇メダル
アゼルバイジャン人部隊の 少尉 上級軍曹。2級の銅章リボンをボタンホールにつけてます。

東方義勇メダル
イタリアに駐屯していたトルキスタン人部隊の、いかにもモンゴリアンな二等兵。先と同じように2級の銅章佩用。



メダル+リボンでぶら下げて佩用するスタイルもあります。
東方義勇メダル
リボンの端に専用ピン(現代でいう造花ピン)や安全ピン等を縫い付けて左胸ポケット上部からぶら下げます。

普通のドイツ軍では鉄十字や戦功十字の2級の授与直後や記念写真にはメダルつけた状態でボタンホールから下げたり、メダルバーではよく見ますが、このメダルは例外。
常勤時にもこの方式で佩用する例が散見されます。


で、鉄十字や戦功十をはじめ、ドイツ軍では基本的に同じ等級の勲章を複数回授章できませんが、この東方メダルは2級メダルの同じ色ならば最高3回まで授章可能でした。
(1級の授章は1回きり)
東方義勇メダル
POA少尉の写真。
向かって左から2級剣付の銀章1、銅章3を佩用。

東方義勇メダル
ドン・コサックのコノノフ中佐(43年時)
これは左から2級の金章1、銀章1、銅章2、更に胸ポケットに1級剣付銀章、ボタンホールに2級鉄十字章を佩用。
2級鉄十字授章の記念写真だそうです。

東方義勇メダル
上記写真の数ヶ月後のコノノフ中佐。
今度は2級鉄十字まで胸からぶら下げてます。
左から銅章、金章、鉄十字、銀章、銅章という不規則さ(本来は向かって左にいくほど高位の勲章になる)。
明らかに見栄えの良さやバランス重視で着けています。
ボタンホールにも上から鉄十字、東方メダル金章、東部戦線従軍章の3連リボンと、色鮮やかです。


まぁこれは凄い例。

せいぜい2級の銀か銅を1~2個佩用が殆どです。
東方義勇メダル
コサックの大尉。2級メダル銀と2級鉄十字章。
先述したように、銅章を授章していなくともいきなり銀章を授章する例。

東方義勇メダル
コサックの伍長。2級メダル銅×2、2級戦功十字。
おそらく2級戦功十字を授与されたところ。

東方義勇メダル
コサックの親分パンヴィッツから2級メダル銀章を授与されるクバン・コサックの伍長。

東方義勇メダル
POAのオルレンコ少尉。2級メダルの銀と銅。

東方義勇メダル
ケストリング大将に戦功を労ってもらってるところ。
これも2級メダルの銀と銅。

東方義勇メダル
44年フランスのPOA士官学校での写真。
東方メダル保持者は全員2級で、右から2番目と左から3番目がボタンホールに銅章リボン。一番右は銅章3つ?の略綬。
座っている中尉は銀章と銅章のメダル付のリボン。その左のコサック中尉は銀章1の銅章2。
この2人と左端は右胸にPOA士官学校バッジもつけてます。

他にも写真はたくさん存在します。
無論、何も授章してないやつが圧倒的多数ですが。


東方義勇メダル
あと、東方メダルは本来の規定では東部戦線従軍章より下位です。
鉄十字や戦功十字の2級は東部戦線従軍章より上位なのに、やっぱり劣等民族扱いw
ちなみに、この東方メダルはドイツ人も授与対象でしたw
ただ、銅章は制限がないものの、銀章を授章資格として既に1・2級鉄十字章を授章しているのが前提だったようです。
劣等民族メダルごときにハードルたけー…w

ステマみたいですが、びみょーな勲章なのでレプリカを扱うショップさんが少なく、国内ではSchmidt & Sohnさんかイベントで個人出店なさってる方のごく一部くらいしか見たことないです…
東方義勇メダル
かくいう自分はSchmidtさんで4つ買ってじゃらじゃらぶら下げて楽しんでます。


えんで!

東方義勇メダル
2級東方メダル銀章の勲記画像を見つけたので追記。

東方部隊にはドイツ人(主に各級指揮官)が多数配属されましたが、この勲記のドイツ人オーバーゲフライター、ルドルフ・キュンストナー氏は第236砲兵連隊第3中隊所属で、この236砲兵連隊は第162トゥルク師団の砲兵隊の基幹となったようです(翻訳間違ってたらごめんなさいw)。
キュンストナー氏は義勇兵らの分隊指揮官(多分)として戦った功績で、この2級東方メダル銀章を授章したものと思われます。
ちなみにキュンストナー氏の他の勲記画像もありましたが、クリミア・シールドや2級鉄十字章、戦傷章黒など(授与基準的に1級鉄十字も授章してるはず)があったため結構なベテラン兵士でしょう。
東方部隊に配属されてるドイツ人と思われる写真を見てると、どうもそれなりに軍歴や戦功のあるベテランか、1次戦従軍者ですでに予備役まわったおっさんの二極に近い感じがしますw
多分、それなりにメンコの数や指導力がないと、言語が通じない奴が大半の東方義勇兵を掌握して上手く運用できないんでしょうね…

※第162トゥルク歩兵師団はトルキスタン・アゼルバイジャン・グルジア人等の混成民族部隊で、東方部隊としては珍しく例外的に師団編成された部隊です。東方部隊は裏切る可能性が捨てきれないため、いざ反乱した場合に損害を少なくしたり鎮圧しやすいように大隊以下の規模にして各ドイツ人師団に配属されるのが常でした。
ただ、この162師団はそこそこ善戦して、師団長はそこいらのドイツ人師団よりよっぽど優秀で役に立つと評価したそうです。
勲記の師団承認印も162(Turk).Inf.divになってます。師団長サインは授与時期と少将という階級からオスカー・R・v・ニーダーマイアー少将としか考えられませんが、癖字すぎて読めません…w



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