2013年06月11日

Schutzmannschaft

Schuma(シューマ)は正式名のSchutzmannschaft(シュッツマン・シャフト)の略で、直訳としては『警官隊』ですが任務内容的に意訳としては『補助警察』等。まぁ略称のシューマの方が一般的ですが。

1941年の独ソ戦開始以降ドイツの支配地域の広がりは凄まじく、警察をはじめとしたドイツ全軍のありとあらゆる治安部隊を動員して後方地域の治安維持に充てていました。
しかし広大な占領地全域をカバーするだけの余裕なんて当然ありません。
かといって日々増加するパルチザンの脅威は無視できません。
そこで41年7月末、占領地域の元警察官や町村の自警団、志願者等の対独協力者によって編成された、ドイツの治安部隊の補助任務を受け持つ組織を作ることになりました。

秩序警察及び保安警察の管轄下にある警察組織であり、国防軍最高司令部管轄下の東方部隊のような戦闘部隊とは全く別組織です。
最初は秩序警察の管轄下にありましたが、すぐに保安警察の管轄となりました。

東方部隊と同じく、基本的には大隊規模で編成。
1個大隊500人前後で編成され、指揮官の半分はドイツ人警察将校・下士官が受け持ち、他は現地人指揮官でした。
ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、エストニア、リトアニア、ラトビア、ポーランド、タタール民族、コサック民族によるシューマ大隊は全部で200個大隊以上も存在しました。

任務内容は 、戦線後方におけるパルチザン掃討作戦や治安維持活動、ユダヤ人等の敵性・危険人物狩り等。

シューマの面白いところは服装。

先に述べたように陸軍管轄ではなく警察、つまりSSの管轄でした。
故に補給元もSS。
しかし、ことに武装SSは独ソ戦開始の時期は組織拡大真っ最中。
中古被服引っ張り出せば何とかなる陸軍の東方部隊と違って、小規模な組織で生産体制も整っていないSSには、こんなヘボ蛮族義勇補助治安部隊ごときにまとまった数のフィールドグレー(緑灰色)の被服を支給できるほど余裕はありません。
一方そんな時期、ドイツ国内ではナチス=黒服なイメージ元である一般SSの隊員たち(常勤・非常勤とも)が続々と徴兵され、彼らが使っていた中古の黒服が山積みになりました。

これは利用するしかないと言わんばかりにシューマの制服に黒服が採用されます。

その際、稀に無改造の黒服もありますが、大半は上着の襟・腰ポケットのフラップ(蓋)・袖の折り返し部分に緑色(警察緑)もしくは灰色等のウール生地が上貼りされ、更に胸ポケットを排除した(してないものもある)状態で支給されました。
確かな理由までは調べきれてませんが、一番損耗しやすい箇所を補修して再支給する際に統一性を高めるためのスタイルなのかなぁと。
もともと野戦を前提としない警察の補助部隊のため、野戦じゃ目立ってしょうがない役立たずな中古黒服の在庫一斉処分も兼ねてたので仕方ないでしょうw


基本的にこやつらには特に記章が存在しません(ベラルーシとバルト三国は記章あり)。

普通は左袖下腕に線で表す階級章をつけるくらい。
線はトレッセですが、陸軍35年型礼服の下士官用の太いトレッセ(通常トレッセの約2倍の太さ)や同じ幅の初期SSトレッセを使用。
下が改造黒服での階級章一覧。

SSや警察とも全く異なる階級呼称であるため、訳し方に非常に悩むため訳せませんw
とりあえず( )内が相当する陸軍の階級です。陸軍階級の訳は個人的な訳し方なので気にしないで下さいw
0:Schutzmann (Schütze -二等兵)
1:Unterkorporal (Gefreiter -上等兵)
2:Vizekorporal (Obergefreiter -兵長)
3:Korporal (Unteroffizier -伍長)
4:Vizefeldwebel (Unterfeldwebel -下級軍曹)
5:Kompaniefeldwebel (Feldwebel-軍曹)
ちなみに0番は表になってないというか、何も付きません。
無理に訳するなら下から巡査、下級巡査長、巡査長補、巡査長、巡査部長補、巡査部長…とか?w
将校用の階級章は存在せず、黒服のほかSS野戦服や警察関係服等にSSもしくは警察の肩章を着けるようです。

他には左袖上腕に、緑や白の生地に″ Im Dienst der Sicherheitspolizei ″ (保安警察勤務者)や似たような保安警察関係の文字がプリントされた腕章を部隊によってつけてるくらい。


また、バルト諸国はもともと自国の軍や警察で使われていた帽章を、SSの黒略帽や警察略帽、自国略帽につけています。

この改造黒服は正装時や常勤時は主に白のワイシャツを来て黒系ネクタイをするようですが、パトロール等の行動時はワイシャツは着ずに直に黒服を着ています。
まぁワイシャツ着用してる写真も白以外だったり柄ネクタイしてたりと適当だったりもしますw

エストニア人シューマ隊員たち。

典型的な改造黒服。
左袖の袖章はエストニア国家章。コカルデ付きの略帽。

これも典型例。


小銃訓練中のウクライナ人シューマ隊員。


ラトビア人シューマ隊員。

上半身しか見えませんが…


SSデカール付きのヘルム被ったシューマ隊員。

武装SS用の肩章らしきものをつけてるみたいですが、不明。


ワルシャワでの一枚。

キャプションを見落としたので確証持てませんが、右から2番目の将官は服装からしてユルゲン・シュトロープ少将かと思います。
恐らく43年のワルシャワ・ゲットー蜂起時の鎮圧作戦中の写真かと。
シューマは冬用のコートも黒服で、改造箇所も同じです。
が、左と右端の隊員は無改造コート着用。皆、モシンナガン小銃で武装しています。
真ん中の背向けてるのは警察将校で、多分このシューマ隊員たちの指揮官。


整列中のシューマ隊員。

これも全員が黒コート着用で、全て上貼り改造済みのもの。


マキシム重機関銃運用中のシューマ隊員。

左袖にチラッと見える袖章は多分エストニア国家章。
機銃手はギムナスチョルカのズボンを履いてるようです。


エストニア人シューマ隊員の一枚。

なかなかお目にかかれない最高階級者です。
記念写真なのか正装してます。


チンピラじみた顔つきのシューマ隊員。

柄ネクタイがキモ格好いいです。
帽章はどこのやつだか忘れました…
エストニアの隊員です。

ベラルーシ人シューマ隊員たち。

この町の市長か何かでしょうか、偉いさんに捧げ銃で閲兵を受けてます。
ベラルーシ人シューマ用の襟章(東方教会の十字が刺繍されたもの)をつけた黒服で、98kを装備しています。


ベラルーシ・シューマ吹奏楽隊の写真。

移動の最中ですが、トランペット(コルネット?)やチューバを持っています。
後述する過渡期のためか肩章をつけてます。


こっちは演奏中。

多分前の写真とは一連のものかと。
皆、肩章付きの黒服着用。



この黒服スタイルは43年末までシューマの最も一般的な服装となります。
黒服以外にも各国の旧軍・警察制服を使用する例も。

これはエストニア人シューマの将校だそうで。


43年頃にはSSも強制収容所等の生産設備が整い、尚且つ拡充した警察連隊や武装SSが各戦線で使い古したフィールドグレーの各種野戦服が返納され数が揃い始めました。
シューマでも、もともと中古の黒服を更に2年近く常勤服として使用し損耗していたため、順次フィールドグレー系の各種野戦服に更新されていきます。

フィールドグレーの野戦服導入に伴い階級章も更新されます。

今まで左袖だった階級章を両襟に変更。
肩章も導入され、兵・下士官用と将校用の2種となります(細かい階級表示はなし)。


袖には大きな鉤十字を『TREU(忠誠)、TAPFER(勇気)、GEHORSAM(服従)』の文字と月桂樹の葉で囲んだ刺繍の袖章が導入されます。帽子類にも画像上半分の袖章と同じデザイン(文字は無し)の帽章もしくはコカルデをつけます。

黒服からフィールドグレーの野戦服へ変更する過渡期には、一部で改造黒服に肩章や帽章をつけていました。

とりあえず、凄く頭悪そうで厨二臭いデザインの記章です。


ここでややこしい話です。
シューマは保安警察の管轄下になったと書きましたが、秩序警察組織にもシューマが配属?されてました。

Wikiって頂いた方がわかりやすいかと思いますが、ドイツの警察組織は日本とは全くの別物です。
ナチ時代の警察には秩序警察と保安警察があります。
Ordnungspolizei(秩序警察)は日本の制服お巡りさんみたいな組織ですが、一番近いのは秩序警察組織の中のSchutzpolizei(都市警察)。他にGendarmerie(国家地方警察)とか Feuerschutzpolizei(消防警察)とかWasserschutzpolizei (水上警察)とか他にももっと存在します。

次にSicherheitspolizei(保安警察)があり、これは私服警官による刑事・秘密警察組織です。

この各警察組織にそれぞれシューマが配属されていたそうです。というよりは保安警察から秩序警察に派遣してたとでもいうのかな?
とりあえず、所属警察によって襟章自体の色、肩章のパイピングと鉤十字の刺繍、袖章全体の刺繍糸の色が違います。
色の違いはドイツ警察の各組織ごとの兵科色?に準じており、都市警察なら黄緑っぽい緑、国家地方警察ならオレンジ、消防警察ならピンクっぽい赤、保安警察なら暗めの緑といった色です。
ただし、保安警察シューマ記章は全て黒い生地ベースで、肩章の鉤十字刺繍と袖章の刺繍は白糸。肩章のパイピングのみ緑。
秩序警察系シューマは警察緑という警察制服独特の青みの強いフィールドグレー生地に各警察組織色の刺繍です。
上の新型記章一覧の色が違う理由はそんなところです。


上は国家地方警察、下は保安警察。


消防警察用。

これは過渡期の一枚。

黒服に秩序警察系の肩章と袖章をつけてます。

更に、この新型記章には将校の階級章も制定されており、東方部隊と同じく少佐までですが存在します。実例は見たことありませんが…w
将校用記章は所属警察組織に関わらず刺繍は全て銀モールで、襟章には捻り銀モールのパイピングがつき、肩章パイピングも捻り銀モールになります。

これも海外サイトから拝借した写真ですが、良い例なので。
濃緑襟(しかも尖り襟w)に改造した警察野戦服に保安警察シューマ将校(少尉)の記章をつけています。



遅れましたが階級は上から下へ
0:Schutzman(図なし)
1:Unterkorporal
2:Vizekorporal
3:Korporal
4:Vizefeldwebel
5:Kompaniefeldwebel
(ここまでは先と同じで、赤線から下は将校)
6:Zugführer (Leutnant -少尉)
7:Oberzugführer (Oberleutnant -中尉)
8:Kompanieführe (Hauptmann -大尉)
9:Batalionführe (Major -少佐)

4と5は変則例。
階級を表す線は通常幅のトレッセになりました。
襟章の形が違うのは単にバリエーション違い。

黒服更新後の被服はまちまちで、武装SSで使用されていた37~43年型の各種野戦服や警察の野戦服や勤務服が着用されました。

警察野戦服は外観上は陸軍の41年型野戦服に近いデザインですが、先に述べた警察緑色のウール生地で作られ、腰ポケットのプリーツがないのが特徴です。

このイラストでは5個ボタンになってますが、正しくは6個ボタンです。

これはSSの37年型野戦服。

ウクライナ人の保安警察シューマ隊員で、東方義勇メダルを受章してるところだそうで。


(※1)
44年のワルシャワ国内軍蜂起鎮圧作戦でのシューマ隊員。

これもSSの37年型野戦服で、袖のアドラーはそのまま残っていますが2人とも黒略帽で右の隊員は黒乗馬ズボンです。
ドア付近に複数の人が横たわってます。昼寝中でしょうか。

彼女もしくは奥さんとの記念写真。

警察勤務服を着用。警察袖章のままですが。、襟章と肩章はシューマ用で略帽は帽章無し。


エストニア人シューマ隊員。

警察勤務服着用。東方義勇メダル2級銅章リボンと戦傷章をつけてます。
被っているのはオランダ軍のヘルメットで、武装はDP28。

都市警察シューマ隊員。

警察勤務服着用。


また都市警察シューマ。

これも警察勤務服着用で、巡査部長さん。
東方義勇メダル2級の銅章佩用。


これは警察野戦服。

キャプションでは消防警察シューマとなっていました。被っているのは警察山岳帽で、シューマ帽章がついています。


44年末の写真。

何かしらの勲章を受章するところのようで、横列になった4人は手前から1番目はアノラック、2・4番目は警察勤務服、3番目は警察野戦服です。
注目すべきはこの後列。
黒服を着た巡査部長補殿がいます。秩序警察系らしき肩章と袖章付き。
その後ろにも黒服っぽいのがチラッと。多分、古参気取りのためなのかなぁとw


(※2)
時期不明の写真。

これも警察野戦服や武装SSの野戦服着用の隊員が多いなか、左端と右から2番目は黒服を着用してます。
人間らしきものが幾つか横たわっているように見えますが、まさかパルチザンではないでしょう。多分。


ちなみに、44年7月に壊滅したウクライナ・ベラルーシ人シューマ大隊をかき集めて編成されたシューマ旅団『ジークリング』(指揮官ジークリングSS兼警察中佐)を母体にして、44年8月に編成されたのが第30SS擲弾兵師団『ロシア第2』です。
こいつら、9月はじめにレジスタンス掃討のためフランスに送られた途端に脱走兵が続出。
しまいにはウクライナ人の2個大隊1000名程が組織的な反乱を計画。フランスレジスタンスのFFI(フランス国内軍)と内通し、ドイツ人SS将校を殺害して集団で寝返りましたw
しかも、その後は自由フランス軍の外人部隊扱いでドイツ軍と戦い、その功績から戦後すぐにフランス正規軍の正式な外人部隊登録を受け、ソ連への引渡しを免れましたw

レジスタンスが混じってますが、警察服やドイツ軍ヘムトやSSスモッグ(武装SSになってから支給されたもの)を着用してる隊員が見えます。

もちろん、こいつらは一握りの超幸運な連中。
大半は反逆者として処刑なりシベリア送りなりの哀れな末路を辿りました。

えんでw


義勇兵趣味の先輩である方からご指摘頂きましたので訂正させて頂きます。
(※)がついてるのが訂正箇所です。

(※1)これはシューマではなく通称"トラヴニキ"と呼ばれる強制労働収容所 勤務のウクライナ人警備兵だそうです。
写真自体も44年でなく43年のワルシャワ・ゲットー蜂起のもので、トラヴニキは通常収容所内でユダヤ人を監視しつつ直でシバきまわしたり拷問・処刑担当なのですが、この時は鎮圧作戦の兵員不足で特別に外での任務だったとのこと。

(※2)こいつらはリトアニア人シューマで、並べられた死体はパルチザンの返り討ちにあった仲間の様だそうですw
パルチザンの死体なら適当にむごたらしい姿形で放置したり、むこうの文化(?)的に遺体損壊とかやってそうですが、比較的綺麗に並べてますw



改めて己の勉強不足を痛感しました…w
が、ご指摘頂いてとても勉強になり意欲も湧きます。ありがとうございます!




更に追記。
改造黒服におえる上貼りの生地色ですが、ただでさえ中古の黒服を更に使い倒してクソボロ雑巾になっているため、43年頃から警察やSSの制服に移行しました。
そのため、現存する改造黒服は非常に少なく、上貼りの色が不確実。
最も多いのは緑といわれており、ドイツ警官と一緒に写っている写真からして警察緑という青みがかった独特の緑色ウールではないかといわれています。
ベラルーシ(ウクライナも?)では灰色ウール上貼りらしく、現存するもので唯一?露出の多い写真の黒服は、ベラルーシ・シューマのものかもといわれていますが、戦後に弄られたものである可能性もあるため、不確定です。





この記事へのコメント
面白い題材ですが無断で書籍からイラストや写真を流用するのはよくないと思いますが。
Posted by 通りすがり at 2013年06月11日 21:13
>通りすがりさん
コメントありがとうございます。
確かに、無断流用は良くないですね。
言い訳にしかなりませんが、興味持ってもらえる方が増えてほしいなと思っての事でして。
書籍も入手困難なものがあり、やはり参考画像入れながらでないと文章の羅列のみになって非常に味気なく分かり辛くなってしまいますので…
お気に障ったのでしたら、削除させて頂きます。
Posted by ハラーハラー at 2013年06月11日 22:34
最近、更新が無くなり残念です。私のような初心者には貴重な情報が盛り込まれたブログです。是非!更新お願いいたします。楽しみに待ってます☆
Posted by ラインハルト at 2013年11月08日 00:38
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
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